てっちゃんの
法律に興味の有る人でしたら、植松正先生(一橋大学名誉教授)の名前はご存知と思います。今、このホームページを編集するにあたり、書棚から33年前に買った懐かしい書物を引っ張り出してきました。大蔵(財務)省印刷局出版・植松正著「刑法教室2・各論」です。先生は日本を代表する刑法学者であるにもかかわらず、貧困の家庭に育ち夜学に刻苦奮励されまして、苦難の中で努力されたその生い立ちのせいでしょうか、行間ににじみ出る温かいお人柄が難解な法律学に生きた人間学としての血を通わせる名著となっています。手許の「刑法教室2・各論」の表紙の裏には、当時の中央大学法学部法律学科の月曜日の授業日程が書いてありました。10:20〜11:50刑法1部(331号教室)、桜木先生、12:50〜2:20商法1部(551号教室)、崎田先生、2:30〜4:00民放1部(324号教室)、山田先生、4:05〜5:25刑法2部(331号教室)、沢登先生、19:05〜20:35行政法1部、山本先生(151号教室)。当時は教職過程は簡単にとれました。司法書士なんてのも、そんなにむつかしくなかった・・。青春は二度と帰ってきませんね。今は無き御茶ノ水校舎の時代の話です。「刑法教室1・総論」「続・刑法エッセイ」は当会会員某氏のご協力によりまして入手することができました。ご好意に対し厚く御礼申し上げるしだいです。裁判官になりたくて司法試験に3回挑戦しただけの浅学菲才の身ではありますが、インターネットという文明の利器に遭遇し、往時の満たされなかった思い出を凝縮して執筆にあたります。刑法、刑事訴訟法、民法、民事訴訟法、憲法、以上5科目について教養レベルでの講座を開いてみたいと思います。それは読者の皆さんとともに私自身が法学のなんたるかを復習することでもあります。ちなみに私の法律学の師匠は、顧問弁護士をしていただいてた東京の会社時代を含め、数十年の長い親交をいただき、2006年初頭も賀状をちょうだいしている大谷庸二先生(第二東京弁護士会所属、中央大学先輩、島根出身)と谷戸直久先生(大阪弁護士会所属、島根県掛合中学後輩)です。ビジネスとしての法曹はたいへんきびしいものであると思います。ただ、思いますに法務実地の世界にありましても、理想論かはしれませんが各人の見識、人格、哲学は当然にして問われるべきではないかと考えます。社会保険庁の問題を持ち出すまでもなく、法の世界に携わる者への世間の目が今ほどきびしいときはありません。そして法秩序が法社会の根幹であるから悪法も法である。完璧な法がないから、法解釈学があり、法社会学において検証も加えなくてはならない。
はからずも今、裁判員制度の実施により全国民が刑事裁判と否応無く向き合わなくてはならない事態となりました。一度は忘れかけていた法律の世界を掘り下げる意味で、私にとりましても人生最後の情熱を燃やせる機会です。法律には法律の持つ不条理がある、それは行政罰において時として顕著です。合法にして、適法にして、市民社会との接点、着地点をどこにおくべきか、ちょっぴり裁判官きどりで皆さんとともに法学旅行に出かけることにしましょう。
中央大学名誉教授下村康正先生、同じく橋本公旦先生、最高裁判所判事団藤重光先生、かつて私が薫陶を受けました諸先生の理論をもとに通説に沿った平易な教養レベルでの解説を試みていきます。
*当サイトでは、一般市民向けの総合教養カルチャー講座の充実をめざしております。株式実戦講座では、有料メルマガでの実戦コメント、株式実戦ビデオを購入しての実戦研究、電話講義(電話代等実費負担)、ネットラジオでの市況解説。
投資家の皆さんが利益を出す
為の万全な支援体制をとっております。
一般教養講座としては一流大学法学部卒業レベルでの法律学教養講座、民法(公序良俗規範、要件事実、民事調停、離婚の実務、債務整理、口頭弁論と準備書面、挙証責任、合意管轄)、刑法(告訴、誣告罪での逆襲とは、検察と警察の役割、受理の要件、被告人の権利、調書、罪刑法定主義、検察審査会、監督機関)、憲法(基本的人権、いわゆる社会権とは、平和主義と憲法改正)、
以上3科目についての講義ビデオの製作をします。学問的には、いわゆる「通説」を基本に論じていく方針です。法学講義についてはビデオ製作費実費のみの徴収とします。講演費は別途。
株式実戦講座、弁論講座、小論文講座、文芸講座、法律学教養講座、演劇理論講座、歌唱講座、スマートな夜遊び学社交講座、政治学講座、趣味としての飲酒ざんまい講座、マルチ思考哲学講座、いつも青春学講座。
講師 松浦哲雄
総合カルチャー講座として充実を図ってまいります。
今、日本が国をあげて取り組んでいることは、地方分権等の政治改革、将来の少子化を見据えた抜本的な税制改革、
そして明治以来100年を経て実体社会にそぐわなくなった刑事裁判の司法改革があります。
2009年5月開始が決定している裁判員制度は、このサイトを見てる皆さん方、選挙有権者ほぼ全員が裁判所に指名される可能性を示しているわけです。拒否できないということで不安に思っている皆さんの為に役立つ講座になれば本望ですね。

2006年時点での司法政策の動きをかいつまんで説明します。
1、法科大学院の初めての修了者が新司法試験を受験することになる。
2、司法支援センターの発足(法務省管轄)。
3、労働審判制度開始。
4、被疑者段階での国選弁護人制度の開始。本年10月より。
<新制度での問題点、法務省の新方針>
1、裁判員制度導入で審理迅速化が求められる
(一般市民を長期間、裁判審理にしばりつけるわけにいかない)
2、容疑者、未決拘禁者(被告)と弁護士との接見機会を拡充しないと対応できない
3、弁護人と、面会・手紙以外の方法で意思疎通を図れる必要性が発生
4、容疑者、被告が弁護人と電話で連絡をとる「電話接見」を認める方針が固まった
* 2006通常国会で改正刑事施設刑事被告人収容法(旧監獄法)が成立
(未決拘禁者の処遇を規定。拘置所や留置場内の設備を電話接見に対応)
*「未決拘禁者」・・・判決がまだ確定していないが、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとして身柄を
拘束された状態の容疑者や被告。拘置所や警察署内の留置場に収容される。受刑者と異なるのは
服装は原則自由。
*検察一本主義、検察審査会、警察調書、検察調書等については稿を改めて後述するが、
「起訴」が決まると刑事裁判では99%の確率で「有罪」となるのが現状であり、専門家偏重の故に冤罪、誤審も
時として避けられなかったという側面もある。
「起訴猶予」「不起訴」「嫌疑無し」の検察判断が事実上の判決だったとも言えなくは無い。
裁判員制度の発足は、間違いなく現状を改善し、法律を市民の身近なものとする効果が期待される。
法律がなければ刑罰はない。法律がなければ犯罪はない。罪刑法定主義を定義する言葉である。昨今のM&A、株式買収もこの言葉が背景にある。つまり、道徳的観念からどうかとおもわれる所業であっても、「自由な経済行為」の名のもとに、極論すればだが法律に規定する逐一条文に抵触しない限りにおいて、罰則規定がないものは何をやってもいいという論理に帰結するのが法的思考なのである。さらに法律適用にあたって社会的要請は大きな要素であるが、法の実態は
解釈法学である。すなわち、拡大解釈、縮小解釈、類推解釈等の裁判所における条文適用は法治社会の根幹をなすものであって、この解釈法学については稿をあらためて後段にて講述する。
人権を離れた法学はないが、「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告の利益」、これも近代刑法、近代刑事訴訟法の大前提理論である。
1801年、フォイエルバッハが初めて罪刑法定主義という観念をラテン語で著した。
ローマ法でも、共和政末期には、罪刑の法定が行われていた。
全体主義国家を除いては、罪刑法定主義は近代刑法の根本原則として諸国であまねく認められているのである。1948年、世界人権宣言のなかでも宣言されている。
ちなみに、道徳形而上学の観点から人間の理性を哲学的に反省し、犯罪および刑罰の本質に
深い洞察を加えたのは、カントである。
日本放送協会、NHKの料金不払いが社会問題化しているが、法律で規定されてるとはいえ、罰則がないので刑事法にはなじまない。つまり、債権、債務の民事法体系において当該紛議は処断されるのが相当であると思料するものである。
構成要件
刑事学的な当罰行為の類型。法的な可罰行為の定型。有責行為類型。法律効果に対する前提要件。
違法、有責な行為の法的定型が構成要件である。構成要件を充足することが、犯罪成立の第一の要件である。
行為構成要件というのは犯罪成立要件の総体であって、責任要件までをも含むと解するのが通説である。
「構成要件理論は総論から各論への架橋である」(独、メツゲル)
定型的、抽象的に構成要件に該当する行為でないかぎり、それが違法、有責であるかどうかを問題とする余地はない(前述、罪刑法定主義)。保護法益の侵害の態様は原則定型化されているのであって、むやみな拡大解釈、類推解釈は司法権の乱用となる。構成要件該当と構成要件の充足とは区別しなければならない(小野博士)。
このことは未遂罪の成立を妨げるものではない。さらに付記すれば、適用にあたっては社会的要請が加味されるべきと解するのが私、松浦哲雄の立場である。表示犯(ケルン)として類型される構成要件(思想の表示)に侮辱罪、脅迫罪などがあるが、すべての構成要件は外部的に現れた行為、すなわち外部的、客観的な身体の動静を要素とする。
法益の重要性の故に「危険犯」という類型が容認される。放火罪、殺人罪がそうである。主観的構成要件要素にとどまるものとしては通貨偽造罪がある(行使の事実がなくても行使の目的だけで足りる)。挙証責任の困難を救済するために危険犯に類したものとしているのに、名誉毀損罪や信用毀損罪がある(社会的評価または信用の現実の低下を要せず、低下のおそれがある状態の発生で足りる)。
故意と過失
誣告の罪について
法律の裏づけ(構成要件)の無い訴えを警察へ起こした場合は、逆に訴えた相手から「誣告の罪」によって告訴される
ことがあり面倒なことになります。警察が簡単に告訴を「受理」しないのはそのような背景があります。それぞれに人権があるからです。
犯罪類型は大別して二つに分かれます。
1、いわゆる特別法は、市町村の条例も含めて多くありますが、刑法上の罪とは違い
行政上の取締規定に違反する行為を犯罪として規定し「行政犯」と呼称します。
2、刑法各本条の罪および近似する罪を総称して「刑事犯」と呼称します。
刑事犯は人類自然の道徳感情から非難を浴びる性格のものであるところから「自然犯」
とも呼ばれます。
行政犯は罰則の制定を待ってはじめて非難される性格のものであるところから「法定犯」
とも呼ばれます。
行政上の取締規定については、過失犯も罰するかどうかで論争があった。
けっきょく、やはり一般原則によるべきものとの考えが大勢を占め、
刑法第三八条第一項本文「罪を犯す意なき行為は之を罰せず」に従い、
刑法の原則は取り締まり法規にも及ぶことが判例でも確認された。
(大正七年五月一七日、大審院判決)
大審院とは現在の最高裁判所のことであり、判例は踏襲される。
刑法第百九十九条、殺人罪について話します。
刑法第二百条「尊属殺」規定を復活すべきだということを私はずっと主張してきましたが、もちろん
今も変わりませんし私のメルマガが存在するかぎり訴え続けていきます。
尊属殺はさておいて、一般殺、普通殺として第百九十九条は「人を殺したる者は死刑又は無期若しくは三年以上の
懲役に処す」と規定します。
この条文の特徴としては、とにかく刑の幅が広い。
量刑の範囲をひろげると、三年の最低刑も減軽により半分の一年六月にできる場合もある。
(第六八条第三号)
またすべての場合につき酌量減軽を施す道も開かれている。
(第六六条)
事情によっては最大限、一年半をさらに半減して懲役九月にすることが可能である。第六七条他。
そのうえ、刑の執行を猶予することもできる。第二五条。
量刑の範囲が広いということは、裁判官と裁判員の良識が深く問われることになる。
事件の客観的外部事情、具体的事件の特質について大岡越前守になることが、皆さん方裁判員に
求められる。
{2008.4.3 メルマガ本文より}
来年から裁判員制度が始まるんですけれど、法学の分野に犯罪心理学というのがあります。
ハムラピ法典以来、「目には目を」が応報刑としての刑法学の基本にありました。
そして社会の変遷とともに「矯正」こそ刑法の基本的理念にすべきとの社会学的意味合いに
おいての民主的刑法学理念が日本では主流となってきています。
公的な社会の安定性を求める刑事法学(行政目的を達成するための行政罰も含む)と、
私人間の争いを裁く民事法学と、法律はその目的によって大きく二つに大別されます。
民事不介入というのはそのような意味合いに由来します。
そして法の乱用を防ぐために、構成要件理論が徹底されるのです。
いわゆる「証拠」というのが決定的意味合いを持つのは、要は「構成要件」を充足するためでして、
政治家のウラ金とか、公務員のワイロとか、金銭の授受にはすべて法的分類が行われます。
金銭の性格によって、民事事件、刑事事件の区分けが行われるわけです。
犯罪人の犯した罪の社会背景を考察して実際の量刑では「情状酌量」が行われます。
素人が裁判員をやるときの怖さは「手加減」を知らないことにあります。
民主主義社会では刑事法学を考察するときに、個々の案件の反社会性、公共性が基盤として勘案されるべきことは言うまでもない。相当性の思料において、法条の援用は無機質なるをもって相当とする。
*法諺「悪法も法である」
一般に法律の専門書を読んでいるとよく出てくる言葉である。
典型例としてはこのたびの改正建築基準法があげられる。あまりに国家経済に
与える被害、弊害の実態が深刻であり、国民の声、世論からも非難轟々となったがために政府としてもたまらず修正に動いた経緯は広く報道されているとおりである。
国民感情、一般市民感覚からして甚だしく公正を欠くのではないかと思料されるべき法案、条項といった類のものは決して珍しいわけではない。
歴史上有名なのはかつてのアメリカの「禁酒法」であり、アメリカの暗黒街に
アル・カポネ等の有名なギャングが跋扈する引き金ともなった。
法治国家においては法はあくまで法であって、違憲立法審査等によって
法の根拠が否定されるまでは法としての強制力を国民に強いることになる。
司法官憲においても法条、法律の条文がすべてなのであって「法律無ければ
刑罰無し」、罪刑法定主義に服することはいうまでもない。適用する条文が
あるかどうかが最大の関心ごとであるといって過言ではない。
これは、不当な拡大解釈を阻止する現在の刑事法学を担保する礎としての
側面もある。そして市民感覚を法に反映させようとして、2009年5月に
裁判員制度がスタートする。
悪法も法であるということは、法は法として厳密に解釈すべしということ
なのであって、その意味では時として国民感情と矛盾する。
かつて西欧社会において蔓延した「魔女狩り」は群集心理の怖さと愚かさも
実証した。
悪法もまた法であるということは、法の厳正さも表明しているのであって
けっして「負」の側面ばかりに着目すべきではない。
裁判員の暴走阻止のための反面教師的法諺として、この古の諺を
噛み締めてみるのも一興であるだろう。(松浦哲雄)

民事法典は民法、民事訴訟法、民事執行法の三つに分かれます。商法は民法に対しての特別法と位置づけられます。
裁判の手続きを定めたものが民事訴訟法です。
訴訟の前段階として民事調停があります。調停が成立すると、裁判長による審判が下されます。
審判は判決と同じ意味を持ちます。すなわち、債務名義(執行力ある正本)を獲得することになります。
当事者双方の主張に齟齬があり調停が不調となると、ただちに本訴訟に移行することになり、次回期日を決定し、
当事者双方に呼び出し状が送付されます。
本訴訟の法廷に於いては、事前に準備書面の提出が求められます。
準備書面とは口頭弁論期日までに弁論の内容を相手方に予告する書面で、攻撃防御方法と相手方の攻撃防御方法
に対する応答内容を記載したものである。
準備書面の記載形式は法定されている。民事訴訟法第244条、民事訴訟規則6条。
実際の裁判では、開廷直前に提出してくるケースがほとんどであり、数分間で双方の弁護士が
あわただしく書面に目を通す場面が日常的である。
提出の無い場合には、不利な扱いを受けることがあると思料されます。原告は訴額による法定の印紙税を納付します。
法廷の口頭弁論は本人訴訟、代理人による訴訟、いづれも差異はありません。
口頭弁論期日に出廷しないと、多くの場合は全面敗訴することになります。
実際の訴訟では、数多くの訴訟が順番に繰り広げられていくので、一回で決着がつくということはほとんどありません。
第二回、第三回と呼び出しがあり、そのつど口頭弁論で裁判官は争点、論点を整理していきます。
どこの裁判所で争うかは、事前に契約時に取り決めておいた裁判所が管轄となります。
これを合意管轄と言います。
弁護士費用は被告原告それぞれが負担します。弁護士報酬は着手金と成功報酬金とをいいます。
日当は対価としての報酬ではなく実費ですから別途に支払います。
簡裁段階では弁護士資格のないものでも裁判所の許可を得て弁護人を務めることが出来ます。
それを特別弁護人と呼びます。特別弁護人の日当は交通費食費等込みで1万円が相場です。
弁護士費用は以前は日弁連の規定で20万円が着手金と定められていましたが、現在は撤廃されていて、
弁護士費用の高額化を招いています。
全国22000人の弁護士の中で元裁判官をヤメ判、元検察官をヤメ検と俗に呼びますが、それぞれ500〜800名
に過ぎず依頼者間で人気となってはいるようですね。
ちなみにテレビ報道によりますと、粉飾決算・証券取引法違反がとわれているライブドア事件、堀江社長の
弁護人はヤメ検で着手金2千万円、日当は時給5万円で1日25万円、事件後の成功報酬金は
天文学的・・・とのことですが、これはあくまでマスコミの推測です。
裁判の結審までは長い年月がかかるため、通常の裁判では当事者双方に裁判長から和解勧告があり、
現実の事件の7割近くが和解で決着しています。和解調書は判決と同じ意味を持ちます。
現在、小額訴訟を迅速に進める体制にはありますが、被告が判決を不服とする場合にはただちに控訴することが
できます。これを控訴審と呼び、ふたたび上級裁判所による審理に移行します。
刑事、民事共通の日本の裁判制度に「三審制」があります。
被告は裁判の結果に不服であるときに、控訴、上告、それぞれ裁判を受け直す権利があるのです。
簡易裁判所が第一審の場合、控訴審は地方裁判所、上告審は高等裁判所です。
地方裁判所が第一審の場合、控訴審は高等裁判所、上告審は最高裁判所です。
控訴審に於いては事実関係の確認が審理の中心となりますので事実審とも呼ばれます。
信義誠実の原則・信義則
善管注意義務
時効・時効の援用
挙証責任
法律用語・・「得(う)べかりし利益」・・得ることが出来たはずの利益
<民事訴訟法>
債権、債務の関係にあるものを民事紛争と規定し、刑事事件と区別する。民事不介入の原則。
紛争の自治的解決の典型的な方式は和解である。
「私法上の和解」
まったくの私的な契約としてなされる場合、公序良俗に反しない限りにおいて効力は認められる。
「裁判上の和解」
(訴訟上の和解、起訴前の和解)
訴訟のどの段階であっても受命、受託裁判官や民間人たる司法委員の協力のもと、
和解は成立し得る。136条、358条ノ4
成立した和解を調書に記載して裁判長が審判を下すことを決定と称し、調書はその時点をもって
執行力ある債務名義正本の性格を有することになる。国家の公証行為。
後始末として訴訟費用の処理の問題は残る。97条、103条

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労働審判制度・・・解雇や賃金不払いトラブル
労働者個人と会社間の紛争解決制度が2006年4月にスタートしました。労働審判制度です。
労働条件の切り下げ、解雇、配転、出向などが対象。パートや派遣社員も活用できます。
<特徴> 1、迅速さ 2、費用が安い 3、企業に対して強制力がある
<労働審判委員会> 裁判官一人と審判員二人(労使双方が各自選定)が担当する。
原則3回の審理で決着。調停に至らない場合は裁判官が審判を下す。
ただし、2週間以内にどちらかが異議を申し立てると裁判に移行する。
労働審判での決着は平均二ヶ月弱。労働関係の民事訴訟の平均審理期間は11.2ヶ月。
仮処分制度は地裁によっては半年以上かかる(地位の保全)が、生活に困っているとかの逼迫した
事情を主張すればその限りではない。弁護士費用は20万以上30万〜50万(規定はない)が
最初の着手金、事件解決後に成功報酬を数十万円別途支払う。
そのほか、交通費、食費、宿泊費、調査費等の実費についても日当として依頼人の負担となる。
よって、依頼人が弁護士に支払う総額は着手金、成功報酬、実費負担相当額、以上の合計金額である。
本人がやれば費用は裁判所への支払いだけ。
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「父親の品格」
ダイヤモンド社・刊 川北義則・著(定価1365円)
*父親がしっかりした手本になっていれば、大きな間違いは起きない
*貧しさを体験させることは立派な教育だ
*正しいケンカの仕方を教えよ
*男とは一生に一度、あの人がいてよかったと家族に思われればいい
*父子の仲がいいのは理想だが、、決して友達ではない
*親と子供は、愛情と信頼でつながる上下関係だ
*親というのは子供に「人間のあるべき姿」を教え込む義務がある
*「こういうことは絶対にしない」など、自分なりのポリシーを持て
*徹底して「読み書き」を教えることが、子供の将来に役立つ
*良識ある大人が加える体罰は暴力ではない
*子供に忍耐を教えるには、父親が見本を示すこと
(2007.10.2 日経新聞広告欄より転載)
この世に絶対的な存在など何も無い。
それは国家においてすら例外ではない。
われわれは三次元の相対的位置関係においてのみ
この世に居場所を与えられている。
したがって我々が持つべき資質のその壱は
まずすべてに謙虚であるべきことである。
地球というこの小さな星でさえ有限であって
その未来の姿を火星に発見することができる。
己の価値観、思想とは相容れない人間、諸行無常と
共に生きていく。それが現実。
したがって我々が持つべき資質のその弐は
まず己と相容れない価値観に目をむけ
少なくともとりあえずは理解してみようと
試みる寛容さである。
対立の先には殺戮しかないのだから。