私の理念、それは「あきらめない」こと  (論語必修論)


奇跡の生還、惑星探査「はやぶさ」報道では「あきらめない」が標語でした。
私はブログ、メルマガを2004年9月から、ほとんど休まずに配信し続けています。原稿にして毎日4〜6枚、多い時には10枚、年間の発行回数は300回以上です。
本にしたら、何冊ぶんにもなります。私には、ポリシーがある。私の住むこの日本社会への提言がある。
欧米社会が必ずしも優れているのではないが、今の日本人の精神構造には改善すべき点が多々ある。地縁、カネに振り回される選挙がそうだし、親を軽視する家庭もそうだし、
教師を軽んじる生徒もそうだし、少なくともメンタルな面において、規律と道徳の今ほど乱れているときはない。
2011.3.11東日本大震災は未曾有の災害だが、同時に、そんな日本人が忘れていた「絆」(きずな)を再認識するよい機会にすべきである。
地球の歴史を見れば、たかだか「1万年くらい」だけ遡って、文明的なホモサピエンス(人間)の生存の痕跡が確認されているだけです。
もう一人の「人類」だった「ネアンデルタール人」は既に地球上から絶滅しました。我々、ホモサピエンスがどこまで生き延びるか、その保証は無い。
その我々が、自然を「想定」できるはずがない。時間軸と空間軸を広げて、ものごとを考えてみるのです。
我々自身の価値感覚について考えてみましょう。「人物本位」で相手を見ているでしょうか、おそらく違う。人物なんかどうでもよいのです。
その相手から「目先的に」どれだけの「メリット、利益」を自分が享受できるかどうかだけの価値基準で(相手に)接している、まず90%以上の人が
そうです。好きか、嫌いか、芸能人に憧れるファン心理とあまり変わるところはない。この延長線上に選挙の「投票行動」があるのです。
じっくり客観的に考えようとしない。刹那的。あるいはあまりにも利己的だ。
多くの人が、相手の社会的地位、肩書きに興味があって反応を示すのも同じ流れでして、相手がその地位を滑り落ちたとたんに
「手の平を返すように」態度が変わるのはそんな理由に拠ります。
行政の効率主義、前例主義、実業の利潤主義の観点からは我々の日常の「正義の視点」は異なってくるのかもしれない。
だがしかし、敢えて私は「人物目線」で、そんな雲上の世界の人々の行動も括目してみることにしている。
一人ひとりは「私人」であることに、変わりはないからだ。

死んでしまってから、親のありがたみに気づく子供が多い。親孝行をしたいときには、親は無し。なぜ引きこもりと自殺が多いのか、なぜうつ病、統合失調症が多いのか。
心の病いには違いない。でも正しく「哲学」できる青少年があまりにも少ない。思考力の無い者ほど「自分が正しい」と言う。
その言葉ほど、その人自身の愚かさと心の貧しさと無知を証明する言葉はない。
我々は「孔子」や「イエス・キリスト」や「仏陀」には勿論なれないけれど、少なくとも最近の日本社会が「道徳的」であったとはとても思えない。
やっぱり、我々は現在の日本の「教育現場」に目を向けざるをえないのだ。「戦前教育」にも多くの長所があった。教育勅語だって、偏見を捨てて読めば「良書」にもなり得る。
先入観抜きでの公平な検証が必要だし、健全な批判精神こそ肝要なのである。かつては大家族の中で、我々は集団規律を生まれながらにして学んできた。
韓国社会の規律と、儒教教育に私は尊敬の念をおぼえる。
私がこれからも書き続けるであろうメルマガ・ブログ「作詞作曲家てっちゃんの株式教室・相場師日記」は、沈滞した日本社会にたいする私からのレクイエム、鎮魂歌です。
人はそれぞれに、後世に対して凜と向かい合い、あるべき人の姿を語り残す任を負う。
それこそ、生きとし生けるものへの「愛」だ。人の道を語る、それこそ万人に課せられた義務と言うべきかもしれない。
私は、命のあるかぎり、社会への抗議と提言と理想追及の手を頭上高く掲げ続ける。それが私にとっての「生きること」だからです。

99歳で初めて出版した100万部超のベストセラー詩集「くじけないで」の柴田トヨさん、82歳で川端康成短編文学賞を受賞した女性作家の田村さん、
あの人たちを思えばまだまだ健康でさえあれば私にも(私たちにも)残された時間と機会はあるはずだ。
歌、楽曲、株という経済行為、文芸、私が得意とするこれらの分野で、いつの日か私はきっと光彩と輝きを全国に発信し、世界一の脚光を浴びてみたい。
立身とか名誉とか今の私には興味がない。柴田トヨさんのように「生きる」確かな「足跡」を残したいだけです。
今の社会への警告と理不尽な思いを伝えたいだけだ。どんなに強健であろうとも、私もいずれは死ぬ。何のために生まれてきたのか一人ひとりが考える社会が肝要だ。
いくばくかの才能が残されているのなら、我が信ずる公正な価値観とはなにか、世に問うてみたいだけです。
2500年前、政治家を志した「孔子」は50代にしてやっと地方の警察署長の椅子を手にいれた。
権力闘争と「政争」に嫌気がさした彼はまもなく引退して60代半ば過ぎてから私塾を開いて、74歳で亡くなるまで人間の生きる道を説いた。
この世に、10代、20代、30代で名を残し早逝(そうせい)した天才、英雄は数多いが、孔子は臥薪嘗胆、「遅咲き」の典型の一人だ。
後に、3000人の弟子たちが、孔子の教えを書き残したものが「論語」だ。人に向かって「その考えは古い」などと迂闊に言ってはならない。
温故知新、我々は2500年間、何も進歩はしていないことを悟るべきなのだ。いや、むしろ、その逆で退化しているかもしれない。
著作に足跡を残す「先人」は賢い。「論語」、「般若心経」、「ニーチェ」、今の世での最高の哲学書です。

私は「論語」を義務教育の必修科目にすることを日本国政府に提案したい。
「自由主義と個人主義」が正常に機能しているうちはよいが、マイナス面が社会の根幹を揺るがしているのであれば、「規範」を示すのは政治家の役割だ。
「英米語原文文学教育」と「論語教育」を、西洋と東洋の文化の規範、新しいグローバリズムとして日本国民に示すぶんには国民的合意も得られよう。
何よりも今の日本にとっての最大の関心事はお隣の中国だ。経済面でアメリカ以上の重要な存在となっている中国だが、領土面、軍事面での「摩擦」「あつれき」は頭痛のタネだ。
中国文化の象徴である「論語」を全国民が学習することは、相互理解と友好にとっても、けっしてマイナスになることは有り得ない。
遣隋使、遣唐使の昔から、我々は大陸文化を学んできた。欧米文化同様に今こそ中国文化に目を向けるべきなのである。充実した人生こそ「幸福学」の必須要件だ。
投資の道も然り。欲に目がくらんだよこしまさは良い結果をもたらさない。マルチなバランス感覚と、大きい包容力こそ、人格者の必須要件なのである。
孔子の教えの根底にあるのは、相手への「思いやり」の心です。恕(じょ)の心。
何ごとも、現実認識と現況分析は正確に把握されなければならない。誰しもただの「夢想家」であるうちは精神病患者のひとりなのだ。
ドン・キホーテでは仕方ない。冷静に判断して自らの残された能力にいくばくかの可能性があると思うのなら誰にも夢を持つ資格はあるということだ。
一心不乱、誰にも迷惑をかけずに必死に挑戦する姿を、みっともないなどと揶揄してはならない。
精神の病いには本人は過敏になっているから刺激しないことが大事だが、幼少の時から心のケアを教育現場でしっかりやっておけば心の病いに罹災する若者も減るだろう。
「論語」の規範が、自分で自分の悩みを解決する「自救力、思考力、洞察力」の基盤を形成する。
現況はまさに、競争社会の詰め込み教育の弊害が現われているのだとも言える。
一芸に秀でた者を登用する社会背景が整いつつある。
「資格」オンリーの目線ではなくて、広い人材を発掘する「人格」の目線が、為政者には必要である。

反捕鯨映画「コーブ」のように、我々は今後は異質な価値観と対峙していかなければならない。グローバル化とはそういうことです。
幅広い視野は均質な画一試験からは生まれない。ものごとの本質を見抜く「自救力」ある眼力を持つ人材を育てることこそ、教育の要諦です。
振り返って1945年9月2日、横浜沖合のミズーリ号艦上における連合国と我が国の「降伏文書調印」に際しても、政府首脳が雲隠れする中、
11名の全権団中のほんの数名の有志の捨身の行動によって国難は回避されました。
「日本語使用」(名前も)が禁止され、「円」紙幣も廃棄、禁止される運命だったのです。「B円」適用、それは沖縄でした。
かつて、我々は韓国、北朝鮮に対して同じことをしました。「朝鮮語使用禁止」「朝鮮通貨廃棄」です。
「朝鮮の名」を捨てて「日本人になった」。だから、朝鮮の老人は「日本語が上手」なのです。
日本人すべてに「英語」以外は使ってはならないGHQ命令が下るところだったのです。
いざ危急の時にこそ、その人の人格、識見の根底が問い直されます。

蛇足だが、私はNPO法人犯罪被害者支援組織の相談員として、常日頃、統合失調症、うつ病の患者の多さに心を痛めている。「被害妄想」と「幻聴」が統合失調症の二大特徴です。現実にはおきていない「非現実」が、まるで自分に襲い掛かっているかのような「錯覚」に苦しむ病気だ。耳元で、正常な人には聞こえない「幻聴」「ささやき」が聞こえる。そして、夜と昼が逆転して、「寝られない」のも特徴だ。心療内科に通院して、薬物療法を根気よく続けるしかない。
まず、普通に「寝たい時に寝て、起きたいときに起きれるかどうか」、精神面も、身体的にも、これがあなたの健康のバロメーターです。
やっぱり「直す、なおさなきゃ」、この気持ちがあるかどうか。そうでなかったら、反省すべきなのです。
いじけたり、ひがんだり、悲しんだりはやめましょう。自分の悪い点は認めて、「改善、挑戦」すべきなのです。


政治家 てっちゃんのちょっとひとこと

この文書は平成8年8月、島根県益田市内に広く配布されたものです。
「松浦てつおから益田市民の皆様への御礼とお詫び」
平成8年7月の市議選におきましては、632票のご支援をいただきまして誠に有難うございました。この票には、いわゆる会社ぐるみの組織票といったようなものは、まったくといってよいほど含まれておりません。次点の結果に終わりましたが、圧力に屈せず、さわやかなボランティア選挙、完全な手作り選挙をまっとうできましたことは、胸をはって次の戦いに備える精神面の支柱となりました。地域ぐるみの買収、金権市政を批判しての行動でしたが、初陣にしてはまずまずの手応えを感じております。親戚は一軒もなく、幼馴染の学友も一人もいないという絶対的不利な立場から
私は立候補しました。決意表明してから8ヶ月間、私は雨の日も風の日も、市内全域をバイクで走り回りました。友情の輪を広げる、友人感覚の政治家を目指す、この基本姿勢に何の変化もありません。「威張るような人間に、政治家の資格は無い」と、選挙戦の遊説でお話ししてきたとおりであります。市長をめざしたある人とも意見交換をして思うことですが、関東と山陰との格差について切実な思いを抱いている人が少ない。「あきらめ」の意識が先に立っているわけです。だから、カネで票が動く。そんな地域感覚を嫌って若者は益田を離れて行く。遊説でお話ししてきた私の政策論のポイントは二つでした。「高度情報化社会の流れの中で、有線テレビ・CATVを中心とする町づくり。小中学校にテレビ局・スタジオを作り、児童生徒に番組作りをさせる(大阪府岸和田市をモデルとする)」、「地方分権の流れの中で、石見地方での益田市のリーダーシップのあり方。観光政策。住民意識の改革」。  今後は、市民運動として有線テレビ構想を皆様に訴えて歩きますので、ご署名をお願いいたします。隣接の津和野町、日原町と手を組めば、格安で有線テレビ網を敷けます。視聴覚教育、防災面からも必要なのです。田中八州男市長とは、選挙後に直接二人で私の有線テレビ構想について話し合いました。今、思い返しますと選挙戦の最終日に、益田駅前にて約50分間、カラオケ、フルート演奏のパフォーマンスを交えつつ政策演説をしたのが夢のようでもあります。若い世代を中心に集めた632票の意思を、私は重く受けとめております。今は亡き父母がかつて住んでいた、私の愛する益田市。このままでは、この町は衰退していくだけです。
「何もかも手づくりでやっている貴方の姿が好きだから、一票を入れたんだ」、町工場で働くある人から言われたこの一言。これが私の勲章です。最後になりましたが、この私たち夫婦の為に悔し涙を流してくれた数多くのボランティアの皆さん、本当に有難う。ここまでやれたのは皆さんの善意の賜物です。津田駅前で支援者100名の人が泣いたあの感動の光景を私は絶対に忘れません。私が益田市政と市議選に望むこと。それは行政改革による減税、そして立候補者全員による立会演説会の開催、選挙公報の発行です。(注・平成12年度から選挙公報が発行されることになった)。先進都市益田の実現は、皆様一人一人の意識改革無くしては不可能なことであると考えております。10年先、20年先はインターネット社会です。(注・私の予知した通り平成17年、ついにラジオ広告と雑誌広告をインターネット広告が逆転しました)。世界の流れに無知であれば、我々の生活は貧しくなるばかりです。「議員は誰がやっても同じだから、カネをもらったほうが得だ」「益田市がどうなろうと自分さえよければいい」(市民の声です)。「選挙はきれいごとじゃない。地元にカネとモノをばらまいて、有権者に恩を4年間売っておけば政策はいらない」(ある議員の声です)。
私がじっさいに体験したことを聞いていて、ある独身の若い女性がポツリと言いました、「悲しい・・・」。市議選投票日の数日前に遠田町一帯、原浜周辺に集中してばら撒かれた怪文書があります。ターゲットはこの私でした。私はどこの派閥に属しているとか明言した事実はありません。事実無根の誹謗、中傷は明白な公職選挙法違反であり、名誉毀損事件です。証拠隠滅を意図して浜田市の人間に配布させたことまでは調べがついています。犯人に心当たりのある方は、益田警察署もしくは松浦てつお後援会までご一報ください。匿名でもけっこうです。本当に、ご迷惑をおかけした各方面の皆々様に心からのお詫びを申し上げましてご挨拶といたします。益田市の大学設立問題も政策不在の益田市政のツケなのです。

「政治活動」と「選挙活動」の違いについて。
候補者、運動員の皆さんが個別訪問して、このような政治思想、主張を持っているので「後援会に記名登録してください」と、一軒一軒頭を下げてパンフレットを配布する行為、これを政治活動といいます。街頭演説もそうです。
応援してくださいというのはいいが、自分に投票してくださいと言うのは違法です。有権者の自宅敷地に入っても了解があればかまいません。ただし公職選挙が公示されて選挙戦に突入したあとでは、期間中に政治活動をやると違法です。

市会議員選挙は1週間ですが、その選挙期間中には「自分に投票してください」という「選挙活動」以外はしてはいけません。有権者の自宅敷地内にまったく侵入してはいけません(ほとんどの候補者が選挙違反をしている)。

平成8年10月、松浦てつおの「てっちゃんの店」開店案内新聞折込広告文

嵐のような選挙戦も早いもので終わってしまえば夢のようでもあります。このたび、益田郵便局の手前のナショナル住建ビル2Fにカラオケスタジオ「てっちゃんの店」をオープンしました。コーヒー350円、席料無し、ビール500円、しゃぶしゃぶ、鍋物料理。超本格的な大迫力サウンドをバックに、店内中央ステージで貴方もスター気分を思いっきり味わってみませんか? 当店のステージはプロ歌手のショーにも使います。オーケストラをバックにしているかのような、地響きのする重低音をたっぷりと味わってください。店内隅々にまで配置されたスピーカー総数は20本。カラオケボックスよりもさらに安い料金で、しかも東京大阪の高級クラブのシックな落ち着いた雰囲気を味わっていただく。その方針で店作りをしました。店内は面積40坪、ワンルームとしては中国地方5県下最大級の広さで、100人収容可能です。座席は70席を用意しました。ムードもホンモノ志向、東京銀座の画廊から入手した二科展入選画家の作品を数点、複製画はルノアール、フラゴナール、ミレーを展示。ミニ美術館の趣があります。恋人同士の愛のムードにピッタリです。
中央ホールではダンスをどうぞ。家族連れでのお食事もどうぞ。
各種パーティーのご予約も承っております。

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歌唱指導・ミニ心得


  簡単に歌が上手になる方法なんかあるはずがない。確かにそうですが、
 基本を知って歌うのと、知らないで歌うのとでは相当に大きな差が出ます。
    どうせなら、少しでもうまくなったほうがいいでしょ? 
    基本中の基本、ポイントは以下の通り。

その1、口を大きくあけて歌う、もごもご歌わない。明るいイメージとなって周囲に
     好印象をもたれる。
その2、うまく歌おうとしては逆効果。カラオケの音程をしっかりきいて、音楽に
     正確にあわせて歌うだけでも「うまい、うまい」とほめてもらえる。
その3、出だしと最後の「母音」を特にきちんと歯切れよく発音する。アイウエオ。
その4、自己満足、自己陶酔はダメ。どうしたら他人が気持ちよく聞いてくれるかと
     いうサービス精神が「歌唱力」の基本線なのです。
その5、初心者は必ず左手でへその下、3センチの位置を押さえて歌ってください。
     「腹式呼吸」の基本形。胸、横隔膜を大きく前に張って、あごをやや上に
     引いてください。あごの下に軽く握りこぶしが入る感じでね。そうそう。
その6、イメージとしてはね、ひざの上に自分の「声」を置くようにすると、音程が
     ぐらつかないようになります。
その7、母音の発声練習を毎日ゆっくりやりましょう。声楽ではアイウエオでは
     ありません。「アエイオウ」の順に一音づつゆっくり大声で、前方5メートル
     上方へ声を飛ばすイメージで練習しましょう。なぜアエイオウか、
     口の形がスムーズに移動するからです(よく鏡を見て)。
その8、肩を歌う前にぐるぐる3回まわして、ストンと力を抜く。その状態で、マイク
     を軽く握ってください。「歌詞」の意味を聴衆に「聞かせる」のが歌唱です。
その9、肩の力を抜いて、下腹(へその下)に力をいれて歌いましょう。
     のどを楽に、ヘソで歌うようになれたらあなたもプロに成れるかもね。
その10、人前で発表するには、歌詞をすべて暗記するのが常識です。
      歌詞の内容が理解できれば、感情移入がハイレベルの課題だね。
      一曲を100回は繰り返し練習してください。がんばってね。
その11、足と足の間はこぶし1個分空けること。
      つま先に7、かかとに3、体重は前部にかけること。
      きれいな姿勢がきれいな歌声となるのです。
その12、発声は鼻先から45度の角度で前方上方に「突き抜ける」ように
      飛ばすのが基本です。
      広い会場だったら、最後部から2列目あたりをステージから見て歌って
      ください。  声を遠くまで飛ばすためです。
      のど笛といいますが、のどは「笛」であって歌う場所ではないことを
      理解してください。ふるわせるとかの作用をのどがやるわけです。
      だからのどはしぼらずに広く開けておく必要があるのです。
その13、歌詞を何度も読み返して、一語一語に心をこめてください。
      軽く言ったり、重く言ったり、明るく言ったり、わかりますね。
      この行為を「歌にメリハリをつける」と言います。
      歌うというのは「話す」ということですから、
      日常の自然な言葉の延長でなければいけない。
      自然体で歌う、平常心で歌う、このことが聴く人に感動を与えるのです。

       
社団法人 日本大衆音楽文化協会(会長遠藤実、前JASRAC理事長)
指導講習53期修了生

朗読心得

大きな声で読む。腹式呼吸でお腹から声を出す。
縦横に大きく口を開く。「あいうえお」母音の練習から。
物語の世界を具体的に想像する。
登場人物に成りきり、喜怒哀楽を表現する。
「間」を使いこなす。聴く側が場面を想像できること。
テンポに緩急をつける。声の高低、声の大小、メリハリ


{参考関連資料}作詞家 松浦哲雄

♪アイパル(株)社歌
作詞 大関宏之  作編曲 井上新二
http://homepage3.nifty.com/ikikaku /aiparu.mp3

成田空港エイジィエススカイサポート(株)AGS社歌
http://homepage3.nifty.com/ikikaku /ags.mp3
作詞 阿部雄二(AGS)  作編曲 井上新二
(試聴コーナー)
*作曲家 井上新二 作詞家 松浦哲雄 への作品制作依頼はご連絡ください。
09071366211   0pe38m0f2960p0y@ezweb.ne.jp(メール)
 「てっちゃんの初恋列車」試聴は当HPのラストページから
 

♪朝日ハウス産業株式会社・モーニング朝日になりたい社歌
作詞 教重清隆  作編曲 井上新二
♪JR貨物不動産開発 社歌
作編曲 井上新二
♪Honda Cars船橋 社歌
作詞(Honda)作編曲 内海治夫
♪白い鳩のハーモニー(ブライダル)
作詞 二木葉子  作曲 井上新二   編曲 馬場 良 ( 歌) 川島 恵

♪(株)大光 ガッツだルーキー(応援歌)
作詞 葵 ゆうじ  作曲 J
♪阿部日鋼鉱業所 社歌
作詞 伊藤正一郎   作曲 林 良夫  編曲 井上新二
岩手日日新聞社 社歌
編曲 井上新二
常盤薬品 社歌
編曲 井上新二
益田路あたり♪(個人)
作詞 松浦哲雄(本人作詞) 作編曲 井上新二 (歌)松浦てつお
てっちゃんの初恋列車♪(個人)
作詞 松浦哲雄(本人作詞) 作編曲 井上新二 (歌)松浦てつお
作曲 佐淡豊(コンサート用)編曲10曲 井上新二